イベント駆動アーキテクチャ:非同期処理で実現する柔軟なシステム設計
イベント駆動アーキテクチャ(EDA)の基本概念から実装パターンまでを詳解。イベントソーシング、CQRSとの組み合わせ、実践的な設計指針を学びます。
🎯 この記事で学べること
- 1イベント駆動アーキテクチャの基本概念と利点を理解できます
- 2イベントソーシングとCQRSパターンの実装方法を学べます
- 3非同期処理における課題と解決策を把握できます
- 4実際のシステムでの設計指針と実装パターンを習得できます
- 5メッセージキューとイベントストリーミングの使い分けを理解できます
読了時間: 約5分
PayPalの45分間の沈黙
2022年10月、PayPalで奇妙な現象が発生した。
決済は成功する。お金も移動する。しかし、確認メールが届かない。取引履歴に表示されない。まるで決済が「なかったこと」になっていた。
45分間、世界中のユーザーが混乱に陥った。「私のお金はどこに消えた?」
原因は、同期処理の限界だった。
PayPalの古いシステムは、決済が成功すると、その場で10個以上の処理を順番に実行していた。メール送信、履歴更新、統計集計、不正検知、税務記録...。そのうちの一つ、メール送信サービスがダウンした瞬間、すべてが止まった。
この事件を機に、PayPalは大規模なアーキテクチャ改革に踏み切った。それが「イベント駆動アーキテクチャ」への移行だった。
新しいシステムでは、決済が成功したら「PaymentCompleted」というイベントを発行するだけ。メール送信も、履歴更新も、すべてがこのイベントを「聞いて」独立して動く。一つのサービスが死んでも、決済そのものは止まらない。
この決断により、PayPalの決済処理速度は3倍になり、システムの可用性は99.99%を達成した。
イベント駆動アーキテクチャは、現代のシステムが抱える「すべてを同時に、完璧に」という呪縛から解放される鍵なのだ。
LinkedInのメッセージ配送地獄
2012年、LinkedInは深刻な問題に直面していた。
ユーザーAがユーザーBにメッセージを送る。単純な機能のはずだった。しかし実際には、一つのメッセージ送信が引き起こす処理は膨大だった。
受信者への通知、送信者の送信履歴更新、スパムチェック、既読管理、モバイルプッシュ通知、メールダイジェスト更新、アクティビティフィード更新...。
エンジニアのサム・シャーは振り返る。「新しい通知チャンネルを追加するたびに、メッセージ送信のコードを変更していた。6ヶ月後、メッセージ送信の処理は2000行を超え、誰も全体を理解できなくなっていた」
さらに悪いことに、各処理の実行時間はバラバラだった。プッシュ通知は50ミリ秒、メール送信は2秒、スパムチェックは時に10秒以上。最も遅い処理に全体が引きずられ、ユーザーは「送信中...」の表示を眺め続けることになった。
解決策は、すべてを「イベント」として分離することだった。
// Before: 密結合の悪夢
async function sendMessage(message) {
const savedMessage = await saveToDatabase(message);
await updateSenderHistory(message.senderId);
await checkSpam(message.content);
await sendPushNotification(message.receiverId);
await sendEmail(message.receiverId);
await updateActivityFeed(message.receiverId);
await updateDigest(message.receiverId);
// ... さらに10個以上の処理
return savedMessage;
}
// After: イベント駆動の美学
async function sendMessage(message) {
const savedMessage = await saveToDatabase(message);
await publishEvent('MessageSent', {
messageId: savedMessage.id,
senderId: message.senderId,
receiverId: message.receiverId,
content: message.content
});
return savedMessage; // 即座にレスポンス
}
// 各サービスが独立してイベントを処理
subscribeToEvent('MessageSent', async (event) => {
await sendPushNotification(event.receiverId);
});
subscribeToEvent('MessageSent', async (event) => {
await checkSpam(event.content);
});
結果は劇的だった。メッセージ送信のレスポンス時間は2秒から100ミリ秒に短縮。新機能の追加も、既存コードに触れることなく、新しいイベントリスナーを追加するだけになった。
しかし、これは始まりに過ぎなかった。
イベント駆動の本質は「責任の分離」です。各コンポーネントは自分の仕事だけに集中し、他の処理の完了を待つ必要がありません。
Uber:1秒間に100万イベントの狂気
Uberのシステムは、リアルタイムの塊だ。
ドライバーの位置情報は3秒ごとに更新される。世界中で400万人のドライバーがアクティブな時、それは1秒間に130万回の位置更新を意味する。さらに、乗車リクエスト、マッチング、料金計算、ルート最適化...。
2015年、Uberのモノリシックなシステムは限界に達していた。一つの乗車リクエストが、数十の同期的なAPI呼び出しを引き起こしていた。
元Uberエンジニアのマット・ランティは語る。「最悪だったのは、ドライバーと乗客のマッチングだった。近くのドライバーを検索し、各ドライバーの状態を確認し、最適なドライバーを選び、通知を送る。この間、乗客はずっと待たされる。ピーク時には30秒以上かかることもあった」
Uberが選んだ解決策は、徹底的なイベント駆動化だった。しかし、その道のりは困難を極めた。
第一の試練:イベントの爆発
最初の実装では、すべての状態変化をイベントとして発行した。
# ドライバーの状態変化イベント(初期実装)
events = [
"DriverLocationUpdated",
"DriverStatusChanged",
"DriverAcceptedRide",
"DriverStartedRide",
"DriverCompletedRide",
"DriverRatedPassenger",
# ... 50種類以上のイベント
]
1日で生成されるイベント数は100億を超えた。Kafkaクラスターは悲鳴を上げ、ストレージコストは天文学的な数字になった。
第二の試練:イベントの順序
分散システムでは、イベントの順序は保証されない。
ある日、奇妙なバグが報告された。「乗車が完了する前に、料金が請求された」
調査の結果、RideCompleted
イベントより先にPaymentProcessed
イベントが処理されていたことが判明した。ネットワークの遅延、サービスの処理速度の違い、様々な要因でイベントの順序は入れ替わる。
// 問題:イベントの順序が保証されない
// 実際の順序: StartRide -> CompleteRide -> ProcessPayment
// 処理された順序: ProcessPayment -> StartRide -> CompleteRide
// 解決策:イベントにシーケンス番号を付与
const event = {
type: "RideCompleted",
rideId: "ride_123",
sequence: 1234567890, // タイムスタンプベースのシーケンス
previousEventId: "evt_previous", // 因果関係の追跡
data: { ... }
};
第三の試練:重複処理
ネットワークの不安定性により、同じイベントが複数回配信されることがあった。
「なぜ私は同じ乗車に2回請求されたのか?」
顧客からの苦情が殺到した。PaymentServiceが同じRideCompleted
イベントを2回受信し、2回請求していたのだ。
解決策は、すべての処理を「冪等」にすることだった。
class PaymentService:
def handle_ride_completed(self, event):
# 冪等キーで重複チェック
idempotency_key = f"payment_{event.ride_id}_{event.id}"
if self.redis.exists(idempotency_key):
logger.info(f"Event {event.id} already processed")
return
# 処理を実行
payment = self.process_payment(event.ride_id)
# 処理済みとしてマーク(24時間保持)
self.redis.setex(idempotency_key, 86400, "processed")
return payment
これらの試練を乗り越えた後、Uberのシステムは生まれ変わった。マッチング時間は30秒から3秒に短縮。システムの可用性は99.99%を達成。そして何より、新機能の開発速度が10倍になった。
Netflix:カオスエンジニアリングの生みの親
Netflixのイベント駆動システムは、意図的に「壊される」ことで有名だ。
2010年、NetflixはAWSへの移行を進めていた。クラウドの不安定性に対処するため、彼らは逆説的なアプローチを取った。「システムを強くするために、意図的に壊す」
Chaos Monkeyの誕生だ。
しかし、Chaos Monkeyが本当に威力を発揮したのは、Netflixがイベント駆動アーキテクチャを採用してからだった。
従来のシステムでは、一つのサービスが落ちると連鎖的に全体が停止する。しかし、イベント駆動では各サービスが独立している。一つが死んでも、他は動き続ける。
// Netflixのレジリエントなイベント処理
class ResilientEventHandler {
async handleEvent(event) {
const circuitBreaker = new CircuitBreaker({
timeout: 3000,
errorThreshold: 50,
resetTimeout: 30000
});
try {
// サーキットブレーカーで保護された処理
await circuitBreaker.fire(async () => {
await this.processEvent(event);
});
} catch (error) {
if (error.code === 'CIRCUIT_OPEN') {
// サービスが落ちている場合は後で再試行
await this.scheduleRetry(event);
} else {
// その他のエラーはデッドレターキューへ
await this.sendToDeadLetter(event, error);
}
}
}
async scheduleRetry(event) {
// 指数バックオフで再試行
const delay = Math.pow(2, event.retryCount || 0) * 1000;
setTimeout(() => {
this.handleEvent({
...event,
retryCount: (event.retryCount || 0) + 1
});
}, delay);
}
}
Netflixのエンジニア、ブレンダン・グレッグは語る。「イベント駆動にしたことで、私たちは『失敗を前提とした設計』が可能になった。サービスは落ちる。ネットワークは切れる。しかし、ショーは続けなければならない」
実際、2019年のAWS大規模障害の際も、Netflixは影響を最小限に抑えた。イベントがキューに溜まり、復旧後に自動的に処理された。ユーザーが気づいたのは、「いいね」の反映が数分遅れた程度だった。
イベントソーシング:GitHubが歴史を記録する方法
「なぜこのプルリクエストはマージされたのか?」
GitHubでは、すべての操作が「イベント」として記録される。コミット、プルリクエスト、レビュー、マージ。これらは単なるデータの更新ではなく、「出来事」として永続化される。
これが「イベントソーシング」だ。
従来のシステムは「現在の状態」だけを保存する。しかし、イベントソーシングは「すべての変更履歴」を保存する。
// 従来のCRUD
const user = {
id: 123,
name: "John Doe",
email: "john@example.com"
};
// 更新すると前の値は失われる
user.email = "john.doe@example.com";
// イベントソーシング
const events = [
{
type: "UserCreated",
timestamp: "2024-01-01T10:00:00Z",
data: { id: 123, name: "John Doe", email: "john@example.com" }
},
{
type: "EmailChanged",
timestamp: "2024-06-15T14:30:00Z",
data: { id: 123, oldEmail: "john@example.com", newEmail: "john.doe@example.com" }
}
];
// 任意の時点の状態を再現可能
function getStateAt(timestamp) {
return events
.filter(e => e.timestamp <= timestamp)
.reduce((state, event) => applyEvent(state, event), {});
}
GitHubのシニアエンジニア、ジェシカ・ロードは説明する。「プルリクエストの画面で『2年前のコメント』が表示できるのは、イベントソーシングのおかげです。私たちは歴史を書き換えるのではなく、新しい章を追加していく」
しかし、イベントソーシングには代償もある。
ストレージの爆発
GitHubは1日に1億以上のイベントを生成する。すべてを永久保存すると、ストレージコストは指数関数的に増加する。
解決策は「スナップショット」だった。
// スナップショットによる最適化
class EventStore {
async getAggregate(id) {
// 最新のスナップショットを取得
const snapshot = await this.getLatestSnapshot(id);
let state = snapshot ? snapshot.state : {};
let fromVersion = snapshot ? snapshot.version : 0;
// スナップショット以降のイベントのみ再生
const events = await this.getEvents(id, fromVersion);
for (const event of events) {
state = this.applyEvent(state, event);
}
// 100イベントごとに新しいスナップショット作成
if (events.length > 100) {
await this.createSnapshot(id, state, fromVersion + events.length);
}
return state;
}
}
複雑なクエリ
「先月、最も多くレビューされたプルリクエストは?」
イベントストアはこのようなクエリには向いていない。すべてのイベントを読み込んで集計する必要がある。
そこでGitHubは「CQRS(コマンドクエリ責任分離)」を採用した。
# 書き込み側(イベントストア)
class PullRequestCommandHandler:
def handle_create_pr(self, command):
events = [
PullRequestCreated(
pr_id=command.pr_id,
author=command.author,
title=command.title
)
]
self.event_store.append(events)
# 読み取り側(最適化されたビュー)
class PullRequestProjection:
def on_pull_request_created(self, event):
# 検索用に最適化されたDBに保存
self.read_db.pull_requests.insert({
'id': event.pr_id,
'author': event.author,
'title': event.title,
'created_at': event.timestamp,
'review_count': 0
})
def on_review_submitted(self, event):
# カウンターを更新
self.read_db.pull_requests.update(
{'id': event.pr_id},
{'$inc': {'review_count': 1}}
)
この設計により、GitHubは過去を完璧に記録しながら、高速なクエリも実現している。
イベントソーシングは強力ですが、すべてのシステムに適しているわけではありません。履歴が重要で、監査要件がある場合に最も価値を発揮します。
Slack:リアルタイムの魔法
Slackを開いた瞬間、魔法が始まる。
誰かがメッセージを送信する。1秒後、世界中の数百万のデバイスに表示される。タイピング中の表示、既読マーク、絵文字リアクション。すべてがリアルタイムだ。
しかし2014年、Slackはスケーラビリティの壁にぶつかっていた。
初期のアーキテクチャは単純だった。WebSocketで接続された各クライアントに、サーバーが直接メッセージを配信する。チームが10人なら問題ない。しかし、10万人のワークスペースでは?
Slackのエンジニア、イーサン・チェンは振り返る。「1つのメッセージが10万のWebSocket接続に配信される。サーバーは溶けた」
解決策は、イベントを「ファンアウト」することだった。
// Slackのメッセージ配信アーキテクチャ(簡略化)
class MessageFanout {
async handleNewMessage(message) {
// 1. メッセージをイベントとして発行
const event = {
type: 'message.posted',
channel: message.channel,
user: message.user,
text: message.text,
ts: message.timestamp
};
// 2. チャンネルメンバーを取得
const members = await this.getChannelMembers(message.channel);
// 3. メンバーごとにイベントをルーティング
for (const batch of this.chunk(members, 1000)) {
await this.publishToQueue('user-events', batch.map(userId => ({
userId,
event
})));
}
}
}
// 各接続サーバーは自分のユーザーのイベントのみを処理
class ConnectionServer {
constructor(serverId) {
this.connections = new Map(); // userId -> WebSocket
this.serverId = serverId;
}
async start() {
// 自分が担当するユーザーのイベントのみ購読
await this.subscribe(`server.${this.serverId}.events`, async (event) => {
const connection = this.connections.get(event.userId);
if (connection) {
connection.send(JSON.stringify(event));
}
});
}
}
しかし、これだけでは不十分だった。リアルタイムシステムには、さらなる課題があった。
順序保証の悪夢
ユーザーが素早く2つのメッセージを送信する。
Message 1: "会議を"
Message 2: "キャンセルします"
しかし、表示される順序が逆になったら?
Message 2: "キャンセルします"
Message 1: "会議を"
意味が真逆になってしまう。
Slackの解決策は、各チャンネルを「アクター」として扱うことだった。
// Akkaアクターによる順序保証
class ChannelActor extends Actor {
var messageSequence = 0L
def receive = {
case PostMessage(text, userId) =>
messageSequence += 1
val message = Message(
channelId = self.path.name,
sequence = messageSequence,
text = text,
userId = userId,
timestamp = System.currentTimeMillis
)
// 順序付けられたメッセージを配信
eventBus ! MessagePosted(message)
sender() ! MessagePosted(message)
}
}
各チャンネルは単一のアクターで処理され、メッセージには連番が振られる。これにより、どんなに分散していても、順序は保証される。
プレゼンスという挑戦
「アクティブ」「退席中」「取り込み中」
これらの状態変化は、メッセージとは比較にならないほど頻繁だ。ユーザーがタブを切り替えるたび、マウスを動かすたび、状態は変化する。
100万人のユーザーが同時にアクティブな場合、プレゼンスイベントは毎秒数百万に達する。
// プレゼンスの最適化
class PresenceOptimizer {
constructor() {
this.lastUpdate = new Map();
this.updateInterval = 30000; // 30秒
}
shouldUpdatePresence(userId, newStatus) {
const last = this.lastUpdate.get(userId);
if (!last) return true;
// ステータスが変わった、または30秒経過
return last.status !== newStatus ||
Date.now() - last.timestamp > this.updateInterval;
}
async updatePresence(userId, status) {
if (!this.shouldUpdatePresence(userId, status)) {
return; // スキップ
}
this.lastUpdate.set(userId, {
status,
timestamp: Date.now()
});
// バッチ処理のためにキューに入れる
await this.batchQueue.add({
userId,
status,
timestamp: Date.now()
});
}
// 100ミリ秒ごとにバッチ処理
async processBatch() {
const updates = await this.batchQueue.flush();
if (updates.length === 0) return;
// 同じユーザーの重複を除去
const uniqueUpdates = this.deduplicateUpdates(updates);
// 一度に配信
await this.publishPresenceUpdate(uniqueUpdates);
}
}
これらの最適化により、Slackは数百万の同時接続を処理しながら、ミリ秒単位のレイテンシを実現している。
Spotify:4億曲のシンフォニー
Spotifyで曲を再生する。この単純な行為の裏で、膨大なイベントが飛び交っている。
再生開始、一時停止、スキップ、シーク、完了。これらすべてがイベントとして記録される。なぜか?それは、Spotifyのビジネスモデルの中核だからだ。
アーティストへのロイヤリティ支払い、レコメンデーション、Discover Weekly、年間まとめ。すべてがこれらのイベントから生成される。
しかし、規模が尋常ではない。4億人のユーザーが、毎日数十億の再生イベントを生成する。
イベントの階層化
Spotifyのデータエンジニア、リサ・アンダーソンは説明する。「すべてのイベントが同じ重要度ではない。私たちは3層のイベントシステムを構築した」
# Tier 1: Critical Events(絶対に失ってはいけない)
class CriticalEventHandler:
def handle_play_event(self, event):
# ロイヤリティ計算に直結
# 同期的にKafkaに書き込み、確認を待つ
future = self.producer.send(
'critical-plays',
event,
partition=self.get_partition(event.user_id)
)
future.get(timeout=10) # 確実に永続化
# Tier 2: Important Events(失っても補完可能)
class ImportantEventHandler:
def handle_search_event(self, event):
# レコメンデーション改善に使用
# 非同期でバッファリング
self.buffer.add(event)
if len(self.buffer) > 1000:
self.flush_buffer()
# Tier 3: Nice-to-have Events(統計用)
class StatisticsEventHandler:
def handle_ui_interaction(self, event):
# サンプリングして送信
if random.random() < 0.1: # 10%サンプリング
self.send_async(event)
グローバル分散の課題
Spotifyは世界中にユーザーがいる。東京のユーザーの再生イベントが、ストックホルムのデータセンターまで到達するには時間がかかる。
しかし、ユーザーは即座のフィードバックを期待する。「いいね」を押したら、すぐにハートが光るべきだ。
解決策は、「ローカルファースト、グローバルエベンチュアル」だった。
// エッジでの楽観的更新
class EdgeEventHandler {
async handleLikeEvent(songId, userId) {
// 1. ローカルで即座に反映(楽観的更新)
await this.localCache.set(`like:${userId}:${songId}`, true);
this.updateUI(songId, { liked: true });
// 2. ローカルイベントストアに保存
const event = {
type: 'song.liked',
songId,
userId,
timestamp: Date.now(),
region: 'asia-northeast1'
};
await this.localEventStore.append(event);
// 3. グローバルへの同期(非同期)
this.globalSync.schedule(event);
}
}
// グローバル同期サービス
class GlobalSyncService {
async syncEvents() {
const events = await this.localEventStore.getUnsynced();
// リージョンごとにバッチ処理
const batches = this.groupByRegion(events);
for (const [region, regionEvents] of batches) {
await this.crossRegionPublish(region, regionEvents);
}
}
// コンフリクト解決
resolveConflict(localEvent, globalEvent) {
// Last Write Wins with Vector Clocks
if (this.compareVectorClocks(localEvent.clock, globalEvent.clock) > 0) {
return localEvent;
}
return globalEvent;
}
}
この設計により、Spotifyは世界中で低レイテンシを実現しながら、最終的なデータ整合性も保証している。
分散トランザクション:Amazonの注文処理
「注文しました」のボタンを押す。
この瞬間、Amazonのシステムでは数十の処理が同時に走り出す。在庫確認、支払い処理、配送手配、推薦エンジン更新、売上計上...
しかし、これらすべてを同期的に処理していたら、注文完了まで数分かかってしまう。
Amazonの解決策は、「Saga」パターンだった。
// Amazon注文処理のSaga(簡略化)
class OrderSaga {
constructor(orderId) {
this.orderId = orderId;
this.state = 'started';
this.completedSteps = [];
}
async execute() {
try {
// Step 1: 在庫確保
await this.reserveInventory();
this.completedSteps.push('inventory_reserved');
// Step 2: 支払い処理
await this.processPayment();
this.completedSteps.push('payment_processed');
// Step 3: 配送手配
await this.scheduleShipping();
this.completedSteps.push('shipping_scheduled');
// Step 4: 確認メール
await this.sendConfirmation();
this.completedSteps.push('confirmation_sent');
this.state = 'completed';
} catch (error) {
// 失敗したら補償トランザクション実行
await this.compensate(error);
this.state = 'failed';
throw error;
}
}
async compensate(error) {
// 完了したステップを逆順で取り消し
const reverseSteps = [...this.completedSteps].reverse();
for (const step of reverseSteps) {
switch (step) {
case 'shipping_scheduled':
await this.cancelShipping();
break;
case 'payment_processed':
await this.refundPayment();
break;
case 'inventory_reserved':
await this.releaseInventory();
break;
}
}
}
}
しかし、Sagaパターンにも限界があった。複雑な依存関係、部分的な失敗、補償処理の失敗...
そこでAmazonは、より洗練されたアプローチを採用した。
イベントソースドSaga
各ステップの実行を「イベント」として記録し、失敗時はイベントを再生して状態を復元する。
class EventSourcedSaga:
def __init__(self, saga_id):
self.saga_id = saga_id
self.events = []
self.state = {}
async def handle_command(self, command):
if command.type == 'StartOrder':
await self.publish_event(OrderStarted(
order_id=command.order_id,
customer_id=command.customer_id,
items=command.items
))
async def apply_event(self, event):
if isinstance(event, OrderStarted):
self.state['status'] = 'started'
self.state['order_id'] = event.order_id
elif isinstance(event, InventoryReserved):
self.state['inventory_reserved'] = True
elif isinstance(event, PaymentCompleted):
self.state['payment_completed'] = True
self.events.append(event)
async def handle_inventory_response(self, response):
if response.success:
await self.publish_event(InventoryReserved(
order_id=self.state['order_id'],
items=response.reserved_items
))
# 次のステップへ
await self.request_payment()
else:
await self.publish_event(InventoryReservationFailed(
order_id=self.state['order_id'],
reason=response.error
))
# Sagaを終了
await self.complete_saga('failed')
この設計により、Amazonは99.99%の注文成功率を維持しながら、ピーク時には秒間数万の注文を処理している。
分散トランザクションの鍵は「補償可能性」です。各操作は取り消し可能でなければなりません。これにより、部分的な失敗から確実に回復できます。
CloudflareのエッジでのイベントCDN
2023年、Cloudflareは革新的なアーキテクチャを発表した。「Event CDN」だ。
従来のCDNは静的コンテンツをキャッシュする。しかし、Event CDNは「イベント」をエッジでキャッシュし、処理する。
// Cloudflare Workers でのイベント処理
export default {
async fetch(request, env) {
const event = await request.json();
// エッジでイベントを処理
if (event.type === 'page.view') {
// 地理的に近いエッジで集計
await env.ANALYTICS.increment(
`views:${event.page}:${env.CF.country}`,
1
);
// バッチングして中央に送信
await env.EVENT_BATCH.add(event);
if (await env.EVENT_BATCH.size() > 1000) {
const batch = await env.EVENT_BATCH.flush();
await sendToOrigin(batch);
}
}
return new Response('OK');
}
};
これにより、グローバルなイベント処理が劇的に高速化された。日本のユーザーのイベントは東京のエッジで処理され、必要な部分だけが本社に送信される。
イベント駆動の未来
2024年、イベント駆動アーキテクチャは新たな進化を遂げている。
AIとの融合
OpenAIやAnthropicのAPIは、本質的にイベント駆動だ。プロンプトを送信し、ストリーミングでレスポンスを受け取る。
// AI駆動のイベント処理
class AIEventEnricher {
async processEvent(event) {
if (event.type === 'customer.feedback') {
// AIで感情分析
const sentiment = await this.ai.analyze(event.text);
// イベントを充実化
const enrichedEvent = {
...event,
sentiment: sentiment.score,
topics: sentiment.topics,
urgency: sentiment.urgency
};
// 緊急度に応じて異なるキューへ
if (sentiment.urgency > 0.8) {
await this.publish('urgent-feedback', enrichedEvent);
} else {
await this.publish('normal-feedback', enrichedEvent);
}
}
}
}
エッジコンピューティングの普及
5Gの普及により、エッジでのイベント処理がさらに重要になる。自動運転車、IoTデバイス、AR/VRアプリケーション。すべてがリアルタイムのイベント処理を必要とする。
ブロックチェーンとの統合
イベントの改竄防止、分散合意形成。ブロックチェーンとイベント駆動の組み合わせは、新たな信頼モデルを生み出している。
あなたのシステムは「待たせて」いないか?
イベント駆動アーキテクチャの本質は、「待たない」ことだ。
ユーザーを待たせない。システムを待たせない。開発者を待たせない。
PayPalが45分間沈黙したのは、すべてが「待っていた」からだ。LinkedInのメッセージが遅かったのは、すべての処理の完了を「待っていた」からだ。
現代のシステムに求められるのは、リアルタイム性と柔軟性だ。ユーザーの期待は高まり続け、システムの複雑性は増し続ける。
イベント駆動は、この矛盾を解決する鍵となる。
しかし、銀の弾丸ではない。イベントの順序、重複処理、結果整合性。これらの課題と向き合う覚悟が必要だ。
あなたのシステムは、次のPayPalになる前に、イベント駆動への進化を始められるだろうか?
未来は、待ってくれない。
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